麻疹という現実、分子という視点。NexoPeekが目指す『見える化』の意味
ニューヨーク州北部で、麻疹に感染した子どもが亡くなりました。州内での麻疹死は30年ぶりです。ワクチンで防げる病気で、若い命が失われる。この事実は、公衆衛生の現場に立つすべての人に、改めて問いを突きつけます。なぜワクチンが効くのか。ウイルスはどう細胞に入り、免疫系はどう応答するのか。その答えは、分子レベルの立体構造にあります。
しかし、論文の平面図やモニター上の回転モデルでは、空間的なスケール感や動的な相互作用を直感しきれません。そこで私たち Seven Sportz が開発したのが、Meta Quest 専用 VR 分子実験室 NexoPeek です。
実物大の分子世界へ、物理的に入り込む
NexoPeek の核心は、タンパク質・核酸・複合体を「人間と同じスケール」で再現し、ヘッドセット越しにその中を歩き回れる点にあります。12 のナレーション付きガイドツアーが、以下の 6 つの柱で構成されています。
- バイオテクノロジー基礎 – 分子生物学の中心教義から再組換え技術までを、原子レベルで追体験。
- 生命の基盤 – DNA 二重らせん、リボソーム、膜タンパク質など、生命維持の要を立体で確認。
- 経路と相互作用 – 解糖系、クエン酸回路、シグナル伝達カスケードをステップごとに可視化。
- 医薬品の作用 – アスピリンが COX 酵素を阻害する様子、モノクローナル抗体がエピトープに結合する過程など。
- 遺伝子技術 – CRISPR‑Cas9 のガイド RNA とターゲット DNA の認識・切断メカニズムを「手で」なぞれる。
- グリーンバイオテクノロジー – ペットボトル分解酵素 PETase、光合成複合体など、持続可能性に直結する構造を展示。
たとえばヘモグロビンのヘムポケットに酸素が結合する瞬間、解糖系でグルコースが分解される過程、アスピリンが COX 酵素を阻害する様子、CRISPR‑Cas9 が DNA を切断するメカニズム——これらを「自分の目で、自分の手で」確認できます。
プロフェッショナルも使える PDB ビューアと解析ベンチ
教育用途にとどまらず、構造生物学者・創薬研究者向けの機能も搭載しています。
- スマート検索:遺伝子名や UniProt ID から、RCSB PDB / UniProtKB / AlphaFold DB / SWISS‑MODEL / PDBe を横断取得。クエリ一発で複数データベースのエントリを並べ替え、バージョン差分を即座に比較可能。
- Mol* プリセット:カートゥーン / ボール&スティック / 空間充填 CPK / 分子表面 / B‑factor ヒート / チューブトレースをワンクリック切替。レンダリング パイプラインは Quest の 72 fps 維持を前提に最適化済み。
- ローカルファイル対応:
.pdb/.cif/.mol2を読み込み、静電場線マップ・電子密度マップを表示。ヘッドセット内蔵ストレージから直接ロードし、オフラインでも解析継続。 - AI ポケット予測:PrankWeb / P2Rank(クラウド/オフライン両対応)でドラッガブルサイトをハイライト。予測スコアを色分けし、ポケット深度・体積をリアルタイムで数値表示。
- Foldseek 重ね合わせ:相同構造をスーパーインポーズし、ドメイン機能の保存性やドラッグスワップ仮説を検証。RMSD 値をツールチップで即時確認。
- リガンド インスペクタ & PubChem:ヘテロ化合物の水素結合ネットワークを解析、3D リガンドを直接取得。結合モードの比較を複数ウィンドウで並列表示。
- 距離計測:トリガーピックで 2 原子間の距離をオングストローム単位で即時表示。複数点を登録し、距離ヒストグラムをエクスポート可能。
Room View(パススルー MR)
物理空間に構造を浮かべ、壁メニューを操作可能なまま現実と重ね合わせ。実験台の上に 1 nm 単位のリボンモデルを置き、手元のノート PC でパラメータを調整しながら VR 内の分子を回転・拡大できるため、湿式実験と乾式解析の往復がシームレスになります。
私の開発現場での一コマ
昨秋、ラボの後輩が「PDB の座標ファイルを眺めてるだけじゃ、ポケットの深さが分からない」と呟いた夜のこと。Quest を渡し、NexoPeek の AI ポケット予測(PrankWeb)をオンにした瞬間、彼女の指先が光るドッキングサイトをなぞり「あ、ここか」と呟いた。Flat な JSON 座標が、手触りのある立体知に変わる瞬間。それがこのツールを作った理由です。
その後、彼女は自分のプロジェクトで標的タンパク質のアロステリックポケットを特定し、仮想スクリーニングのヒット率を 2 倍に引き上げたと報告してくれました。VR 上で「ポケットの入り口が狭いから、低分子はここから入れないな」と直感的に判断できたことが、化合物ライブラリの設計方針を変えたと言います。
ウイルス表面タンパク質の立体構造を「中から見る」体験
麻疹ウイルスの融合タンパク質(F 蛋白)や、インフルエンザのヘマグルチニン(HA)など、ワクチン設計の鍵となる表面抗原を NexoPeek で「内部から」観察すると、中和エピトープの空間配置や、糖鎖シールドの隙間が一目で分かります。この視点は、抗体工学や次世代ワクチンのデノボ設計において、従来の 2D 解析では得られない直感をもたらします。
構造生物学の現場で、そして教室で、分子を自分の目で確かめる環境を。