麻疹で子どもを亡くす現実——VRで「分子の中」を歩き、ワクチンの仕組みをコードのように読み解く日が来るまで(日本語)
3年前、娘の咳が止まらなくなった夜、救急車のサイレンが近づく音を今でも覚えている。麻疹。予防接種のスケジュールを1ヶ月遅らせただけだった。ICUのモニターが鳴り続ける中、私は開発者としての自分を呪った。コードならデバッグできる。ログを読めば原因がわかる。でも、彼女の体内でウイルスがどう増殖し、免疫系がどう敗北したか――その「ログ」を見る術はなかった。
葬儀の後、GitHubのリポジトリを漁り始めた。分子動力学シミュレーション、抗原提示の可視化、免疫応答のモデル化。論文は山ほどあるが、どれも静止画か動画。インタラクティブじゃない。デバッガのようにステップ実行できない。
そこで出会ったのが、分子構造をVR空間に展開し、抗体と抗原の結合を「歩いて」観察できるプラットフォームだった。ヘッドセットを被り、コントローラーで時間軸をスライドさせると、スパイクタンパク質がACE2受容体に嵌まる瞬間が、自分の手のひらサイズで再生される。水素結合の形成・切断がリアルタイムでハイライトされる。免疫細胞が抗原を認識し、シグナル伝達カスケードを起こす様子を、関数呼び出しのスタックトレースのように追える。
「ここがエピトープか」と呟きながら、変異株のシミュレーションを重ねた。ワクチン設計者がなぜこの配列を選んだか、構造生物学の視点から納得できた瞬間、胸の奥で何かが溶けた気がした。
娘を返せない。でも、次に同じ痛みを抱える親を減らすために、この「分子のデバッガ」を広められるかもしれない。コードは書き直せる。知識なら、共有できる。